Fate/stay night/士桜/古風気味な百の題目008「笑わなきゃ」
その日、桜は苛立っていた慎二に文字通りめちゃくちゃにされた。いつもより酷く、乱暴に力を込めて。
一通り慎二の気が済んでから自分の部屋のベッドに戻り、ゆっくりと瞼を閉じる。
桜。
頭の中で優しいあの人のことを思い出す。声や眼差しを思い浮かべるだけで、泣きそうになってしまう。先程まであんなに辛い目にあっても泣かなかったのに、士郎の優しさが、桜の心を溶かしていく。
「……早く朝にならないかな」
朝になれば士郎の家に行ける。また名前を呼んでもらえる。
その為にも早く眠りに落ちようとした桜だったが、静かに横になった途端殴られた頬が酷く痛む。
見つからないように、何事もないように、朝になったら笑わなければいけない。
悟られてはいけない。笑わなければいけない。
全てが知られる日は、もう少しだけ先が良い。
「慎二か」
結局殴られたことはバレてしまったが、自分がこの戦いに関わっていることまでは知られなかった。そのことにほっとしつつ、自分の髪を掬い上げて頬を見た時の士郎の鋭い目つきを、桜は通学後で思い返す。
桜の痛みを自分のそとのように怒ってくれた。その事実が胸を甘く締めつける。
「それだけでいい」
もしかしたら、全てが知られる時はすぐそこかもしれない。そのことを想像するだけで桜の心は冷えていくけれど。
「それだけでいいの」
冬木の寒空に一羽の鳥が翼を広げて飛んでいく。立ち止まってその姿を見つめた後、桜は歩き始めた。