うさぎとはっぱ

春と熾月と玻璃の二次創作同人活動まとめサイト
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鬼滅の刃/炭カナ/古風気味な百の題目004「炎」


 鬼のいない世界で涙が出るくらいに幸せな日々が過ぎていく。こんなにも満たされた時間を重ねていけるのなら、例え近い将来命が尽きるとしても後悔はないと炭治郎は考えていた。
「いつカナヲちゃんに告白するんだ?」
 そんなある日に突然放たれた善逸の言葉は炭治郎の心に深く突き刺さる。
「な、なんのことだ……?」
 ものすごい顔つきで誤魔化そうとしてもため息をつかれるだけで、その場には居心地の悪い沈黙が生まれてしまう。そのまま数十秒程経った頃意を決したように炭治郎は顔を上げた。
「気持ちは伝えない。そう決めた」
「それって寿命のことが関係してる?」
 何かを悟ったような表情と静かな音が正解だと善逸には理解できた。だがーー。
「納得できない。寿命が人より短いからって好きな子に告白しちゃいけないなんて、そんなことある訳ないじゃんか」
「そう言うのは簡単だけど……」
 優しく花が咲いたように笑う彼女が、自分の気持ちを受け入れてくれる確率はきっと高い。そういうことにあまり慣れていない炭治郎にもそれは薄々感じ取れた。
 残された時間ははっきり言って多くない。置いていくのも辛いが置いていかれるのも辛いことは身に染みて分かっている。
「炭治郎」
「やめてくれ。必死で諦めたつもりなんだ」
「炭治郎聞けって」
「やめてくれ」
 まだ自由に動かせる手をぎゅっと握りしめて俯く。必死に毎晩考えた。必死に諦めるように努力した。けれどその度にあの笑顔が思い浮かぶ。
「炭治郎」
 硬く握った拳を解くように善逸は両手で炭治郎の手を包む。余計な力を抜いて一息つけば心も落ち着いてきた。そこを見計ったように一言だけ、善逸は言葉を静かに放つ。
「決めるのはカナヲちゃんだよ」
 まるで川に一石を投じたようだった。ぽとり、と炭治郎の心に投げられた言葉は何かを気づかせるように波紋を広げていく。
 何秒か、何十秒か。僅かな沈黙の後に顔を上げると穏やかに笑みを浮かべる善逸と目が合う。
「ありがとう、善逸」
 そう言って炭治郎も笑う。
 決めるのはカナヲ。それは当たり前のことだ。気遣っていたつもりだったのにどこかで彼女の気持ちを置いてしまっていたのかもしれない。
 大切に想う人は多い。その人達のことを思い浮かべれば胸に火が灯ったように柔らかく温かい気持ちになれる。その火の形や色は家族、友人、師……一つとして同じものはない。
 カナヲに向ける、揺れるようなそれでいて時に炎のように燃え上がるこの感情。それを受け取るかの返答はカナヲが考えて決めることで、炭治郎が決めることではない。
「カナヲに伝える」
 早く、あの鈴の転がるような声で自分の名前を呼ばれたいと炭治郎は思う。会って挨拶を交わしたら思い切って伝えたい。どんな反応をするだろうか。どんな顔をするだろうか。
 答えは全て、カナヲ次第だーー。


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